川を枕にして石で口をそそぐ

日々曖昧にしている感情を言葉にする独り言のようなページです

タイプ

幸いなことに、女の子を紹介するよと色々な人からよく言われる。人格に対してある一定の評価をもらっているということで、とてもありがたいことではあるのだが、そういう時に一番困るのが、どんな人がタイプなのかという質問だ。改めて考えてみると、とても難しい。自分ですら自分をわからないのに、相手に求めるものなど尚わからない。そういう時は、無難に優しくて苦労を知っている人とやんわりと伝えることにしている。あまり言いたいことは伝わらない。

 

昔からの友達からよく言われる。「学歴もあって、穏やかで、趣味も多い。話もできるし、一流企業で働いていて、金もある。結婚相手の条件としては最高のはずだ。それができないのは、その最高さを打ち消すほどのお前の人間性のせいだ。」そう言って憚らない友達こそが、自分を意味不明な生き方に引きずり込んだ張本人なのだが、自分でもそう思うのだからとても困る。

 

店員にちゃんとありがとうと言える人がいい。そんな意見をよく耳にする。それを自分のタイプといってもいいほど、同意する。ただ、自分にはいくつかの条件が付く。常に極限の状況を想定している。腕が一本なくなるとか、家が爆発するとか、意味のない想定を頭に入れたうえで、常に平静を保ちたいと願っている。どうしようもなく辛いことがあって、今の自分自身を一旦ばらばらにして、再構築しなければならない。そんな状況に追い込まれることが多々あったためか、極限の状況に追い込まれたときの人の対応に興味があった。店員にちゃんとありがとうといえると言っても、家も仕事も失って、全てに絶望している状況で、力もなくふらっと立ち寄ったお店で、店員さんから一杯のコップに水を注がれたときに、その一杯の水に生きる喜びを噛みしめて、人に対する感謝の気持ちを忘れず、ありがとうと言える人が好きなのである。

 

そんな人がいないことなどわかっている。白馬の王子様が迎えに来ることくらい、探すのは難しい。でも、ルパンは盗むまでが楽しいといっていた。何でもそうだが、手に入れるまでの過程が楽しい。何かを手に入れてしまった瞬間に、リアルな現実が目の前に現れるため、何かしらの部分で色褪せてしまう。合コンで楽しいのは、終わった後の2次会で男だけで集まって、相手の悪口を言い合うことである。帰るまでが遠足であるように、2次会で悪口を言い合うまでが、合コンだと思っている。そんなしょうもない人間性だからこそ、いつまで経ってもだめだと思うのだが、ああでもないこうでもないと、理想を語るのは楽しい。手に入らないロマンを一緒に追いかけたい、それこそが本心なのだろう。

 

自分の気持ちを文字にして初めて、理解することがある。取り繕っていてもしょうがない。どうせやってみて、また違ったなと間違いに気づくのであるが、これからはどんな人がタイプなのと言われたら、「洞窟の奥の、木漏れ日によって咲く一輪の花を、そっと見守る人」と言ってみようと思う。問いかける相手もきょとんとすると思うし、意味がわからないと思う。でも、そんな意味の分からないものを、理解しようとするそんな気持ちが好きなのである。どうせ根が真面目なのだから、相手を地獄に突き落とすようなことはしない。でも、その気持ちを少しでもわかろうとしてくれるのであれば、一緒に何かを頑張っていけそうな気がする。考えに考えを重ねることで結婚に向けて100歩後退していたが、1歩だけ進んだ気がする。