川を枕にして石で口をそそぐ

日々曖昧にしている感情を言葉にする独り言のようなページです

予定調和

ユーモアには、人の予定調和を崩すことが必要である。ピンと張った緊張感の中で、想像の斜め上をかっとんでいく潔さが必要である。昔トリビアという番組で、偉い学者先生たちがお笑いを考えたときに、何が最も面白いですかという質問に答える、トリビアの種があった。その発想の時点で面白いし、調べれば出てくるため、ネタバレは避けるが、同じようなことを語っていた。自分の経験の中で、予定調和をかっとばす面白い状況を例示してみたい。

 

高校の時に部活をしていた時のことである。昔のことで時効であるから触れるが、鬼のような顧問は殴る蹴るが当たり前であった。まあよくあるよねくらいの受け取り方であったため、逆に慣れてきたのだろう。けがをした主将が道場のすぐ横のベンチプレスで筋トレをしていて、ほかの部員が練習をしていた時のことだった。顧問は人を集める時に、集合という声をかける。その集合という言葉に含まれる音程や、調子、大きさで感情を察知する。その声に少なからず怒気を感じた。気配を察知した部員がさっと集まると、主将は集まらずにベンチプレスで横になって眠っていた。練習するか筋トレするかプレッシャーは段違いである。気が緩んでも仕方がない。それを顧問が目撃した瞬間、今まさに言おうとしていた怒りを大きく超えた。大きな声で主将の名前を呼び、おもむろにパイプ椅子を持ち出した。普段殴るということはしていたが、パイプ椅子で誰かを殴ることはなかったため、その場にピンとした空気が張り詰めた。

 

「無理はしてもいい。無茶だけはするな。」禅問答のようなことを口にする顧問本人としても、部員にけがをさせようというのは本意ではなく、パフォーマンスのためか、怒りに任せてか、パイプ椅子をぶんぶん振り回していた。その振り上げたパイプを振り下ろさなくては、怒りにけりがつかない。そのため、主将の近くのたたみに力いっぱい振り下ろした。見ると畳の一部が陥没していた。しんとした雰囲気で畳を皆が見つめている時に、顧問が更なる怒号をあげた。「これはぁお前のせいだからなッ!!」。思わず笑いそうになってしまった。意味が分からない。やったのは顧問なのだから、それはお前のせいだろと誰もが突っ込みたくなる理不尽さである。皆が皆、空気を読む教育を施されてきたため、その場に笑いが起こることはなかったのだが、緊張の一瞬の中で、予想の斜め上をかっとんでいく理不尽が、笑いを生み出した。奇跡的な一瞬である。

 

今でも予定調和が好きではないのは、おもしろくないということが実感としてあるからなのだろう。そののち部員の中でパイプ椅子を振り回すブームが起こった。いかに意味不明で理不尽な言葉を出せるか、流行ったものである。辛いときにも、ふと訪れる岩を割って咲く花のような、奇跡の一瞬がある。辛い辛いとは思っていたけれど、引退するまで放っておかれた陥没した畳は、僕たちに頑張れと言っているような気がした。尊い犠牲であった。