川を枕にして石で口をそそぐ

日々曖昧にしている感情を言葉にする独り言のようなページです

利休にたずねよという小説の中で、千利休の話が出てくる。歴史小説というよりは、単純に筆者の考える才覚の鋭いものの成り立ちや行動・考えを一つの歴史舞台にあてはめているという印象を受けるので、純粋に小説といってよいと思う。千利休は心の奥底に美に対しての圧倒的な執着を持ちながら、表面上は何も求めていないように振舞っている。非常に静かであるべき静的なわびさびという概念と、心に秘める美に対する激情的な動的な執着の2つの相異なる存在を両立させる存在として、描いている面白い物語である。そんな物語の中で、その奥さんの宗恩の心情を丁寧に描いたシーンがとても印象的であった。

 

美というあやふやな概念の上で天下を取ったともいえる千利休と一緒に暮らしていくということは、行動の一挙手一投足に値踏みされているということに等しい。茶の湯の席に置かれた、たった一つの花瓶に美を生み出すことができる才覚は、おのずと私生活まで影響を及ぼす。宗恩のしつらえた食事なり掃除なりに対して、意識しようがしまいが美という概念から外れた物に対して、ふと眉を顰めるほどのかすかな反応をしてしまうのは、致し方ないことなのである。というよりそもそも、一番時間を接しているはずの日常にこそ、美という概念を持てないのであれば、天下を取ることなど到底できないといってもよい。聡明な宗恩であるだけに、無言の圧力ともいえるそのかすかな反応を感じ取って、毎度冷や汗をかくほどの値踏みに、耐え続ける生活をせざるを得ないのである。

 

その状況はとても他人事だとは思えない。自分自身が常に、何のために生きているのかと、自問自答を行っている。我日にわが身を三省す。三省堂のもとになった、言葉以上に内省を繰り返し、常に自分自身に向き合う。お前は本気なのか。できることを全部やったのか。やれるべきことはあったのではないか。とても自分に厳しい。自分に厳しいのは人に期待をしていないからである。誰も助けてはくれないという冷酷なまでの突き放しこそが、自分自身への厳しさとなって、自立を内に求める。ある意味で、それは他人を侮辱し続けているのである。ある程度近しい存在として、隣にいる人に対しては、自分の身の一部という認識を行うのは、ままあることであろう。器の大きさというのは、自分の身体的感覚を他人も含めてどれくらい広げることができるかで変わるという説を耳にしたことがあるが、心理的に近づくにつれ自分と同一視をする傾向が強くなるため、おのずと近しい存在にも厳しくなっていく。やがて、その近しい人に対しても、お前はそれで満足なのかと、暗に声をかけ続けることになる。

 

普通の人からすれば、それは耐えられるものではない。自分を律して生き続ける生き方は確かに、かっこいい部分はあり、憧れる要素はあるのだが、やりたいのとできるのとでは全く違う問題である。何を重要視するかは、各々が決めるべき問題ではあり、何なら決めなくてよいとすらも思うのだが、自分の場合、はっきりと口を閉ざしながら態度で示す術を会得している。その無言のプレッシャーに相手が耐えられないから、恋人がいないのだと思う。刹那を生きる女性は快不快に対する感度が非常に高い。恋人に求める条件に圧倒的に清潔感という言葉を耳にする世の中で、すべてが自分に不快な感情をもたらさないものを重要視する状況にあっては、たとえ憧れる生き方であったとしても、一方的にお前はそれで満足なのかといわれ続ける状況を忌避することはよくわかる。

 

忌避できるのは、感情に繊細で自覚的な人である。どちらかというと、善意的な発想から相手にも、存在意義を問う姿勢は、割と好意的にみられることが多い。好意を持っているのに、自分の感情に自覚的でないため、自分がさらされている圧力の原因を理解できない人からすると、それは不明なイライラであり、不安であり、ともすると体調が悪くなることまである。なかなか圧力というものは、難しい。

 

昨日女性と会って、食事をして、相手が聞き上手なことも相まって、自分の楽しいと思うことを、ストレートにぶつけてしまった。自分の気持ちすらをごまかすほど練りこまれたストーリーは、相手に対しても純粋に楽しい気持ちをもたらすことは事実としてそうである。数十年自分がコミュ障だと思い、それを直すために、努力し行動し改善し続けた重みがあるのだから。ただ、そこから上記で書いてあるような、圧力を感じ取ってしまったのでいうのであれば、致し方ない。もう一回会いませんかという問いかけに対して、楽しかったとさらりとかわされて、それでもずっと返事を待つような、乙女チックな気持ちが、このようなこねくりまわした文章を生み出したのは、果たしてよいことなのであろうか。現実逃避にしては、あまりにも婉曲で複雑で奇怪であることだけは自戒した方がよいのかなと思う。